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元職場の同期達が、同期会を開いてくれた。同期会、といっても、辞めたわたしを念頭に置いてスケジューリングをしてくれて、気まずいような申し訳ないような気持でいっぱいのまま、鳥貴族へ。現場の人たちにとっては急にやめた同期、だったはずで顔を合わせたらひどく責められるような気がしていた。わたしが腰を痛めて家で寝込んでいる間、新入社員のサービスマナー研修と称してみなディズニーランドに行っていた。ほんとうはとても行きたかったけど、わたしはその日立つことすらままならなかった。あれからもう2ヶ月もたつ。それなのに、ナグモ君はカバンからまだ夏模様のディズニーランドのビニールを取り出して、わたしにお土産をくれた。同期の皆から、と。プロテインを飲むのにちょうどよさそうなタンブラーだった。彼は、いつもわたしが休憩室でプロテインを飲んでいるのを見ていた。
わたしが思っているよりもみんなわたしのことを心配していた。わたしが思っているよりもみんなは優しかった。それから、わたしが思っているよりも、みんなは今の仕事が好きだった。だから、わたしを含めたこのメンバーみんなで飲むのはきっとこれが最後だった。介護の専門用語が、焼き鳥の上を飛び交うのを見て、そんな気がした。
「どうして綾野剛はかっこいいんだろうね」母が呟く。どうして、どうして。どうして、って、どういうことなんだろう。
歯茎に麻酔をかけられるとは思っていなかった。軽く表面を削るくらいだと思っていた。左下の歯茎、唇にしっかり麻酔をかけられて、4時間とれなかった。うまく笑えない、うがいもできない、なんとなく、唇が腫れ上がっているような気がして気持ちが悪い。自分の顔の境界線が膨張して、鎖骨まで垂れているような気がする。
母の顔の半分が麻痺しはじめて2週間たつ。母は普通に食べていたし、話していたし、変な顔で笑うのにも慣れ始めていた。だけど、慣れていたのはまわりだけだったんだと気付く。わたしは、たった4時間、うがいができず、思うように噛めず、笑えないだけのことで、ものすごく自由を奪われた気がした。こんなことなら虫歯なんて、とすら思った。母の麻痺は麻酔ではない。なおるらしいが、麻痺して虫歯が治るわけでもない。こんなにも不愉快で、かなしい状態のまま、母は2週間も過ごしていたなんて。慣れていたのはまわりだけだったんだ。そう気づいたら、帰り道、涙が止まらなかった。誕生日だったのに。
24年前の今日、わたしは産まれた。11時11分のことだったという。産まれたばかりのわたしには歯がなかった。それなのに、24年後の同じ時間、まさか歯医者で歯を削られているとは思いもしなかった。どうして11時から歯医者を予約してしまったんだろう・・・。
9月以降、わたしは、ものすごく傷つきやすくなった。正確に言えば、傷ついたことを、しっかり自覚できるようになった。よくあることだとか、努力だとか、たいしたことではないとか、ポジティブに捉えるとか、全部糞くらえ、わたしは傷つきやすくなった。傷ついたということを、糞を塗り込んで隠していた時期よりもずっと、治りが早かった。人の傷や苦しみにも、糞を塗り込むのを躊躇するようになった。どうにかなるとか、一緒に頑張ろうとか、よくあることだとか、そういう当たり前の慰めを口にできなくなった。それが欲しかったかもしれない人にも、口にできなくなった。
仕事をやめて、解放感と体力の回復してきた嬉しさにひたった10月を過ぎ、11月、低迷期に入った。わたしは、仕事をしていない。そのことがなんとなくコンプレックスになってしまう。焼き肉を食べていても「無職なのに焼き肉を食べている」もちろんすごく美味しくて、ひょっとしたら無職のほうが美味しいのかもしれない。筋トレをしていても「無職なのに身体を鍛えている」これは無駄な筋肉なんじゃないのかとか、もっとすると無職だから身体くらい鍛えないといけないんじゃないか。無職なのにブログを更新し、無職なのにマニキュアを塗って日がな歌を歌ったりしている。大根をおろしたりもする。無職なのに。
厳密にいえばわたしは無職ではないのだ。写真をとってお金を貰ったり、アルバイトだって始めたし、たまに演劇でお金を貰ったり、自分の保険料を払えるくらいの貯えもある。一人で生きていくには心もとないけれど、大変な大荷物というほどでもない。だけどここのところ妙に気にしてしまう。無職だもんなあ。
アルバイトが終わって夜11時、東西線上り電車で懐かしい顔を見た。あの頃とちっともかわらない、読書をしているサラリーマン。
中高6年間、毎朝7時14分の電車に乗っていた。東西線のくだり電車は空いていて、乗り合わせる人たちの半数は同じ顔ぶれだった。そのなかに、くだんのサラリーマンが居た。彼は毎日本を読んでいた。読んでいる本には八重洲ブックセンターのブックカバーがかかっていた。毎朝顔を見ていたのに、帰りの電車で会ったことは一度もなかった。その理由が、10年越しにやっとわかった。彼のほうが、ずっと帰りが遅かったのだ。
もう11時を過ぎた電車で、お酒を飲んでいる風でもなく、読書をしている。ついさっきまで仕事をしていましたという顔で。今朝も7時14分の電車に乗っていたのだろうか。