好きだったことは忘れても、その人の考え方やささいな価値観の違い、言葉遣いをいつまでも覚えていたりする。朝の天気予報では連日「9月上旬並みの温かさ」か「11月下旬並みの寒さ」が訴えられ、ちょうどよい月の丈にあった気温にはなかなかならない。10月も半ばにさしかかろうというのに、金沢動物園では蝉がないていた。もう秋も深まってきたというのに。
その声を聞いて、昔好きだった人が言っていたことを思い出す。蝉の七日は消化試合だ、と。僕たちは蝉が七日しか生きられなくて可哀想だと思っているけれど、蝉は地中でもう10年も過ごしていて、地上の七日は消化試合だと思っているんじゃないか、と。そんな気障なことをさらりと言ってしまえるような人だった。それが気障だとすら自覚していなかったのだと思う。もう蝉の声がすっかり聞こえなくなったころ、同じ口で「君にはかわいそうなことをした」と言われた。その人にとってわたしの「それから」は、消化試合なのだろうか。
いずれにせよ、例年に比べて長期労働、季節外労働を強いられている蝉のことを、不覚にも可哀想だと思った。いつもより長く生きられてよかったね、とは思えなかった。かわいそうに、もうなかなくても、いいんだよ。
「りゅうちゃんが死んだの」たったそれだけのラインが母のもとに届いた。母が「りゅうちゃんて誰なの、なんて返していいの」と困っていた。母はりゅうちゃんの名前を聞いても、それが、誰なのかわからなかった。わたしはりゅうちゃんとさして仲良しじゃなかったけれど、可愛い奴だと思っていたし、ちょうど遠い親戚のように存在を認識できていた。だけど、父はりゅうちゃんのことをとても慕っていて二人は仲良しだった。わたしには、痛みは計り知れず、気持ちを考えることすらできなかった。想像もできなかった。辛いんだろうかとか寂しいんだろうかとか、全然わからなかった。だってりゅうちゃんを喪った気持ちは父だけのものだったから。りゅうちゃんは、父方の叔母の家の猫だった。雑巾とモップのあいのこのような灰色の猫で、いつも埃まみれだった。
中学生の時、わたしは、ポチのことをすごく愛していた。もしも死んだら食べようと思うくらいには好きだった。だけどポチは、カナダから帰ってきたらもうどこにもいなくなっていた。わたしのいないあいだに太郎に殺されたらしいと後で聞いて知って、ポチの死は人から聞いた話になってしまった。ポチは金魚だった。すごく哀しくて、どうしたらよいのかわからなかった。現実感がなかった。そうして現実感のないままに、始めからいなかったかのように自分の中で処理することができてしまった。
父はどんな気持ちで連絡をよこしたのかわからなかった。まさか母がりゅうちゃんを認識できていないとも思っていなかっただろう。なんて返していいの、と言われても、わたしにだってわからなかった。
翌日帰って来た父はおみやげに葡萄を買ってきてくれた。
何もできなかった日と、何もしないと決めていた日がある。午前中を目いっぱい走り抜いて午後はなーんにもしないぞ!と決めて何もしなかった日と、何かしなきゃいけないと思いながら何もできずに過ごしてしまう一日もある。どちらにしろ、心身がキャパオーバーしている時におきるのだけれど、最近何もできないときは積極的に予め「なーんにもしないぞ!」と決めることにした。
皇居なんてなくなってしまえ!と思った。新宿まで自転車で行く。皇居でつまづいて、同じ警備員を何度も見た。
ところで、「刺青を入れた方はご遠慮ください」「身体を洗ってから入ってください」などの注意書きは日英中語で看板立てされているのに、「男湯」「女湯」や何時にお入り頂けるか等は日本語でしか表記されていなかった。紙に印刷された館内マップには、ピクトグラムすらなかった。グローバル化するべきだ、ということではなくて、ただただ失礼なことだなとおもった。英語しか読めなかったら、「これはやってはいけない」「これもいけない」と書いてあって、何をしていいのか、どこにいけばいいのかは何もわからないのだ。これだったら何もない方がずっといい。
むかし、CherryRedのタツミさんが言っていた。「子供と動物の写真だけはやめてくれよ」確かに、こいつらは写真のうまさもかっこよさも信念も暴力的にぶちこわす。ふにゃふにゃの腰抜けになる。ふにゃふにゃしながらシャッターを切らされる。帰ってきて、全然動かないパンダの写真を何故こんなに撮ってしまったのかと呆れてしまった。だけど今見てもふにゃふにゃになるくらいかわいい。
動物園のお土産売り場のぬいぐるみはどうしても連れて帰りたい魔力を持っている。国民健康保険の身分では連れて帰ること適わなかった。だけどそこには全てがあった!!会いたくて仕方がなかったパンダの赤ちゃん、ダサいが頭の中をループするテーマソング、ジェットコースター、ヨチヨチパレードするペンギンとあまり美味しくないお土産!!嬉しすぎてうまく笑えていなかった。