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1993年生まれ。江戸川区出身。写真家、仮面劇俳優、インプロバイザーとして活動中。人物ポートレート、人物スナップを得意とする。

Posts tagged ワークショップ

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ダーツ明け、3時間の仮眠ののち、よせばいいのにパナスにいった。案の定食べてる最中からすでにお腹がいたい。そして排泄後のお尻が痛い。カレー屋のトイレがものすごく綺麗でなくてはいけない、という大きな問題に気が付いた。だって便器にうんこがついていたら、席に戻った時に思い出すでしょ。

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O先生は、わたしのことが大好きだ。優しくて嘘をつかないわたしのことをとても信頼してくれている。それが重苦しいこともあるけれど、わたしの方でも、いつもO先生の好意に甘えていた(前提条件)
O先生の家にて。先生の家族と一緒にいるとわたしの財布がないことに気が付いた。場所は知っていた。さっきみんなで歩いた森の中だ。なんとなく、むかでまみれの財布が浮かぶ。ひとりでは怖くて森に戻れない。憔悴するわたしに、O先生が車をとってきてくれるという。家で御母さん達と待っていると電話がなるけれど、玄関先で御母さんにO先生との関係を問い詰められた。答えにつまる。だって答えられない関係だったから。電話がなり続けている。御母さんの前ではとれない。やっと家の外に走ると、車が救急車に囲まれていた。隙間から、開いたドアとシートベルトで首を吊ったO先生が見えた。刑事が近づいて、なぐさめる調子で肩に手をのせた。『優しい人だったんですけれどね、あなたに嘘をつかれたのがすごくショックだったんでしょうね』この隙にもわたしの財布はむかでに食われている。O先生はシートベルトで自殺をした。もうどうしていいのかわからなかった。
夢をみて泣きながら目覚めると、大寝坊をしていた。わたしはO先生のことを知らない。その人の顔はたぶん、どこか飲み屋だとかコンビニだとか、そんなところで見たことあるくらいの人だった。すごく怖い夢だった。シートベルトで首を吊った先生の顔があまりに安らかで優しそうだったから。

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アルコール漬けにされた飼い主に、置き去りにされてしまった可哀想な自転車をとりにいく。せっかくのお休みだったのに、昼まで寝てしまい、もうすっかり拗ねてダラダラしてやろうとファミマの前でタバコを吸っていた。チリンチリンと自転車が走ってきて、昼間会いたくない人筆頭のコウノさんだった。コウノさんとは夜お酒の席でしか会わないので、なんだか落ち着かない。日光に殺されそうになる。自転車カゴに豆腐とメロンパンをたくさん積んで、わたしの前に止まる。わたしはビーチサンダルしか積んでいなかった。「やだあ、疲れた顔で。お金がないんでしょう」と快活。ないです、とぐうの音も出ないところを見て、ファミマでアイスコーヒーをご馳走してくれた。わたしがじーっと見ていたからか、メロンパンをわたしのカゴに積んでくれた。昼間会ってしまった不運か幸運か。チャリチャリ走りさるコウノさんを見て、なんだか浮世離れした空と気温と背中に、わたしの気持ちはメロンパンよりふわふわしていた。

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アダプターと二人きり家で待っていたら、しんのすけ、カイル、ぐんじくんがやってきた。ぐんじくんが美味しいワインを貰ったらしい。白くて甘くておいしいワインを飲みながら、ずっとインプロの話をしてしまった。大学生みたいだ。

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 トイレの電球が切れ、買いに走った。奮発してLEDを購入し、わくわく装着。そして電球ではなく器具が壊れていたことを知った。暗い気持ちだ。夜お風呂には入れず、夜のトイレは暗いまま。明るいうちにトイレを済まさなければ、居間のあかりを遠くに見ながら暗いトイレで用を足すことになる。考えただけで気がめいる寂しさ。大家曰く電気屋はいつも留守だし、当の大家さんだって中身がちょっとお留守。フラストレーションだらけのトラブルで、今度の機器はシャンデリアに変えてくれなきゃ割が合わない。

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2014年9月20日、21日に群馬大学で行われたインプロワークショップに撮影、アシスタントとして同行してきました。ファシリテーターは東京アレルゲンシアター(http://greatfamily.hp2.jp/)の山田カイル、2日間にわたりインプロや劇作に関するワークショップが行われました。

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2日間お疲れ様でした!

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 心の中にお母さんを飼っている。ひとりぐらしを始めて26ヶ月、掃除の苦手なわたしが小奇麗な家を常に保てていることが不思議だった。実家にいると掃除機もかけなければ洗濯もしない。パンツは脱ぎ捨てるし、マグカップは洗わない。気が付けば、服を拾う母がいる。国分寺にて、朝起きてはじめにすることは、布団から玄関まで点々と落ちている服を拾うこと。カップを洗い、サッシの埃を拭って3日に一度はシンクを磨く。拾うのならば脱ぎ散らかさなければいいものを、それは出来ない。「ああ、またこんなにちらかして」たまに独り言が漏れる。昨夜のわたしは聞かん坊、夜遅くまで飲んじゃって仕方がないわねえ。朝になるとお母さんが出てくる。こうして毎朝綺麗になる。トイレに神様がいるかどうかは微妙だけれど、磨くわたしは母の心。心の中にお母さんを飼っている。二年を過ぎてようやく気付いた。