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1993年生まれ。江戸川区出身。人物ポートレート、人物スナップを得意とする。東京学芸大学表現コミュニケーション選考卒業。

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6月30日に、蔵前4273にてザ・ベクデルテストのためのワークショップvol.3を行います。
詳細、参加はこちら(https://www.facebook.com/events/632680807071596/)か、当HPお問い合わせフォームより受け付けます

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ベクデルテスト(※1)とは、映画や小説のジェンダーバイアスを見るための簡単なチェック項目だ
①名前がついている女性が2人以上登場するか?
②その女性同士が会話をするシーンがあるか?
③その会話の内容は、男についての話以外であるか?
このシンプルな3つの項目をクリアする映画や小説は、実はそんなに多くない。
ザ・ベクデルテストとは、ベクデルテストをパスするインプロを作るべく、BATSのリサ・ローランドが生み出した新しいインプロフォーマットのことだ。このフォーマットでは、3人の女性主人公が出てくる。その3人の人生のスナップショットを追っていくことができる。

松山東京横浜と3度の公演を経て、わたしが今どんなことを考えているかを少し書きたい。

●前置きをしなくて済むように
「女性だけど」社長だっていますよね、とか、ボルダリングしているかもしれませんよね、「女性だから」喫茶店で待ち合わせかもしれません、とか。第二回のワークショップでは何気なくそういった前置きをしてしまうことが多かった。「彼女は社長です」という自分のディレクションに、わたし自身が言い訳をしてしまっていたように思う。今度のワークショップでは、これらの一切を意図的にやめてみたいと思う。

●物語は作れないのか?
既存の物語の構造に乗せようとすると、男性主体になってしまいがちなので、今まではスナップショット的に人生を見ていく方法をとってきた。だけど、本当に物語は作れないのだろうか、とも考えている。今度のワークショップでは少しだけチャレンジしたいと思っている(難しすぎたらすぐにやめて違う方法を考える)

●今後のチャレンジ
ザ・ベクデルテストのフォーマットの意義は、「フォーマットがなくても当たり前に出来るようになること」だとわたしは思っている。
実はわたしは、タランティーノ、北野武、クローネンバーグが大好きだ。シェイクスピアも好きだ。だけど、この人たちの作るものはベクデルテストを一切パスしていない。今後は「インプロバイズドシェイクスピア」など、インプロバイズド○○を作る中でベクデルテストをパスする方法を模索していきたい。だって、わたしが見たいから。ベクデルテストをパスしたタランティーノが見てみたいし、北野武が見てみたい。

(※1)アリソン・ベクデルの漫画に出てきたキャラクターが「これをパスする映画しか見ない!」と話している場面から「ベクデルテスト」と名付けられた。

とにかくとても長いのと、ラバーズ本編の社会的意義や学んだことや気づいたことなどは1ミリも書いていません。ただのラブラブレゲエポエムになってしまいました。だから、これは、わたしが、みんなから受け取った、愛、のようなものを、忘れないために書きました。
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ちょっとわたしの話をする。
江戸川カエルは、愛とか希望とか平和よりも、孤独や絶望を撫でたり舐めたりすることで日々生きている。だけど、ラバーズの主宰をしていた約2ヶ月、みんなの前では、ちょっとだけ愛とか希望とか優しさとか明日とか、「生きてるだけで尊い」ということとかを信じたくて、正しくなくても優しい人でいたくて、そういう風にふるまっていた。ほんの少しだけ嘘をつきつつ。
本当はたぶん、わたしが一番、信じてなかった。みんなには稽古の最中に「来ただけでエライ」「生きてるだけでエライ」って言い続けていたけど、自分のことを心からそう思えたことは一度もなかった。

昨日のショーでは、メンバーみんなが、ずっとお互いの側に居続けることが出来たと思う。わたしは、ショーが終わるまで、こんな時間が来るってことを全然信じていなかった。だから、帰り道、さっきまでの奇跡みたいな時間のことを考えてずっと泣いていた。
「来ただけでエライ」をずっと自分のために言い続けてきた稽古で、ダルダルの主宰だったのに、ショーが終わるまで、一緒にいてくれて本当にありがとう。

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おしょう。最初にこの公演をやりたいと思ったときに、即答で一緒にやると答えてくれた。
彼の好きなところは、人のことを意外とよく見ていてくれているところ、ディレクションの愛と毒とおちゃめのバランスが最高なところ、たまに中身が小学生なところ、不条理なシーンも余裕でできちゃうところ。
出会いは最悪だった。5年程前になる。わたしが毎日「明日死ぬんだ」と思っていた時期のことだった。まだコンタクトレンズをつくる前で、何も見えていなかったのだと今は思う。世界に味方はひとりもいないと本気で思っていた。初めて会った日、なんであんなに泣いて怒ったのか全然思い出せないけど、帰りの電車で号泣しながら「おしょうは最低クソファシリテーターだ!地獄に落ちろ!」と大憤慨していた。(※ 5年前のことです、おしょうは最低クソファシリテーターではありませんのでみなさん安心してワークをうけてください)
 そんなこんなで時間が経って、そのあとどこかで彼を見かけても「ふーんだ!」という態度を取り続けていた。カエル反抗期かよ。申し訳なかった。
 おしょうが人間で、デーモンでも敵でもないと認識したのはそれから3年くらい経ってのこと。わたしが「今夜はカエらない」という2人ショーの企画におしょうを呼んでからだった。当時、「いちばんわたしと組まなそうな人とショーをする」と心の中で決めていた(本当に失礼な話です、受けてくれてどうもありがとう、おしょう)告知を打つ段階では、まだ、おしょうのことを魔界の人だと思っていたため「カエルとハデス」というひどいタイトルのショーだった。だけど、その夜のショーは、「カエらない」の中でも屈指の出来となる素晴らしいショーとなった。ショーの最中、おしょうは、ずっとわたしの側に居てくれた。一緒に困ってくれた。ステージの上で一緒に困ってくれたことが嬉しかった。上から手を差し伸べるのではなく一緒に困ってくれた。
 それから、わたしたちは、どこかで顔を合わせると「やあ」というくらいの仲になった。「やあ」「やあ」を繰り返すうち、少しずつ、距離が近づき、気が付いたら同志と呼べる人になっていた。おしょうすごい。
 夜回で内海君とカップルのシーン、とても素敵だった。「インプロショーの打ち合わせ」のディレクション、「ゲロを吐いちゃうシーン」のディレクション、すごくわくわくした。夕回でわたしが泣いている時に背中をそっと支えていてくれたことも嬉しかった。

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みくみん。彼女の好きなところは、起き上がりこぼしみたいなところ。ノーメイクが最高にかわいいところ。ピンクのワンピースが似合うところ。語るエピソードがストーリではなく詩的なモーメントで構成されているところ。いわゆる「チョイ役」がめちゃくちゃ上手くて素敵なところ。
この人とも出会いは最悪だった。この最悪な出会いに関してはみくみんが先に書いてくれているのでこちらを参照。おしょうとほぼ同時期に出会っている。この時期に出会った人間のこと、誰のことも好きになれなかったので、彼女が「カンチガイ」と好意的に捉えなおしてくれたことに関しては残念ながらほぼ全て事実であった。ごめんなさい。
ちょうど一年ほど前、偶然FBで流れてきたみくみんのブログを、なんとなく読んだ。そこに乗っていた写真がとても素敵だった。強烈に素敵だった。確か旅館かどこかで何か食べてる写真だった。ああ、見えてなかった。こんな顔する人だったんだなと思ったら、写真家として猛烈に悔しくなってしまった。しかも本人はその写真を「ひどいわけわからない表情」みたいに言っていたのが全然気に食わなかった。だって今までみたどのみくみんより好きだったから。
だからわたしは、わたしの好きなみくみんを探しに、彼女の家に遊びに行くに至ったのだった(大変失礼な話です。招いてくれてどうもありがとう)
 それから、わたしたちは、たまに「元気ですか」とやりとりをする仲になった。「元気ですか」を繰り返すうち、少しずつ、距離が近づき、気が付いたら同志と呼べる人になっていた。みくみんすごい。
 みくみんの語ってくれたエピソードのおかげで、夜回、奇跡みたいなミュージカルを作ることが出来た。本当にありがとう。あと「枝豆にな り ま す」と言ってしまう居酒屋の店員が、2度出てきたの嬉しかった。京都を彷徨うおしょうの影のモノローグはちょっと泣きそうになった。「安良川かえるに改名して、むらしと出会いなおす」シーンも本当にありがとう。改名やめるって決めました。一緒にキラキラのゲロを吐いたのとても楽しかった、たぶん一生忘れない。

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じろう。出会いは全く覚えていない。いつだったかすら思い出せない。気が付いたら愛していた・・・。じろうちゃんは、どんな空気もじろう色に変える天才。困っている人や悲しい人をみるとなんとか励まそうとするけれど、ほぼ空回りしていく様子もかなり好き。インプロしてるとき本当に楽しそうなのが素敵で、じろうを見ると「ああインプロって楽しいんだもんな」と思い出すことが出来る。
今回のショーにじろうちゃんを呼んで本当によかった。じろうちゃんがいてくれたから、わたしは最後まで明るくやりきることが出来た。たぶんみんなもそうだったんじゃないかなと思う。その素敵な笑顔とエネルギーで、鳥取をじろう色に変えてください。

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 だいら。今回のショーへのオファーがきっかけで出会った(見たことはあった) だいらの好きなところは、わたしより感受性が強いように見えるのに全然拗ねてないところ、すごい、大人かよ。(カエルがおしょうと出会って糞野郎と罵っていたあたりの年齢かと思うとひれ伏す)人の傷にとても敏感で言葉をしっかり選んでくれるところ。いざというときのエネルギーがすごいところ。あとお洋服がいつも全部素敵なところ。
 夕方の回の後半で口火を切ってくれて、そのエネルギーの大きさに、みんなが突き動かされて行った。結婚式のシーン、とても好きです。あとゲロを「キラキラにしてください」と言ってくれてありがとう。キラキラ吐くの楽しかった。本番では殆ど一緒にシーンを作れなかったけれど、稽古で、ギターを弾くシーンを一緒にやってくれたの嬉しかった。本当にありがとう。

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 むらし。今回のショーへのオファーがきっかけで出会った。むらしの好きなところは、まず笑顔。それから、自分の気持ちにめちゃくちゃ誠実なところ。人からの影響を受けやすいところ。好きになった人たちへのリスペクトをちゃんと持ち続けるところ。
 今回のショーでは、じろうちゃんと素敵な飲み会のシーンをしてくれたこと、沢山自分の話をしてくれたこと、とても嬉しかった。夕回で、わたしのシーンをやってくれたときに、ボルダリングしてくれたの嬉しかった。夜回、なぜか沢山一緒にシーンをやれて楽しかった。ありがとう。

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 内海君。実は、稽古が走り出した後、最後にキャスティングされた。今ではコンタクトインプロ仲間になっているけれど、まあ出会った頃は、やはりあんまり好きじゃなかった。付き合いが長いので割愛する。歩く自己啓発書といじられている(主にわたしに)けれど、実際は割とそうでもなくて、人間なんだなとここ半年くらいで少しずつわかってきた。内海君の好きなところは、とにかく誠実であろうとする姿勢。あと甘いものを食べているところが可愛い。歌が好きで、わたしは、内海君とカラオケに行ったのをきっかけに歌が好きになれたりした経緯がある。
 今回のショーでは、夕回でじろうちゃんと二人で歌っているシーンがとても素敵だった。隆雄君と呼ばれるシーンは最高にチャーミングだった。バーフバリの提案をしてくれて本当に嬉しかった。おしょうとふたりで、カップルのシーンも素敵だった。そして、毎回稽古に来てくれただけでえらいのに、全回しっかり参加してくれてありがとう。ことあるごとにわたしの首の健康を守ってくれてありがとう。

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そして、スペシャルミュージシャンのゆがくん。今回は、最後まで見守っていてくれて本当にありがとう。素敵すぎる歌と時間をどうもありがとう。ゆがくんの作るゆるい空気が大好きです。

このショーが、このメンバーでできて、とても幸せだったし、これが最初の一歩になったと信じている。自分が何をしたかったのか忘れそうになったり、信じられなくなったとき、ひとりぼっちになりそうなとき、誰かを傷つけてしまったとき、ひどく傷ついたとき。きっと、この先何度も、昨日のことを思う。キラキラした時間をどうもありがとう。愛しています。

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・カメラ始めたけど、うまく使い方がわからない
・色味が気に入らない
・暗すぎる、明るすぎる
・この写真どうやって撮るの?

などの疑問にまとめてお答えします!
定員:5名
対象:デジタル一眼レフ又はそれに準じるカメラ(デジタルレンジファインダ等)を持っていて1000回以上シャッター切った人

日:6月26日
時:10:00~13:00
場所:新宿代々木近辺
参加費:3000円

晴天時は代々木公園あたりで写真をとりながら、雨天時は喫茶店などで質問会を行います。
ご予約はtwitter@FrogGoHome、お問い合わせフォームから承ります。

先日インプロ(※1)界隈の友人と話していて、「ラバーズって何するの?」と聞かれた。言葉につまってしまった。わたしは、わたしと大切な友人たちが傷つかないショーを作りたい、ということ以外を言葉にするのが少し辛かった。

もともと、ラバーズを作った始まりは、ザ・ベクデルテスト東京公演(※2)の観客から「LGBT版等もやって欲しい」と言われたことだった。ザ・ベクデルテストのフォーマットは、女性が舞台上で輝くために作られたものなので、同じシステムで「じゃあキャラクター全員LGBTでーす」というわけにはいかなかった(あと、うまく言葉にできないけれどそのやり方だとわたしが傷つくし、疲弊しそうなので全然やりたくなかった)

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少し話が飛ぶけれど、わたしが傷つかずに見られて、登場人物が心地よく愛し合っている創作物として漫画「きのう何食べた」がある。こんな風に、インプロでもできたらいいなと思った。非常に不愉快な話だけれど、インプロのシーン設定で、男性同士に「あなたたちはカップルです」と言ったとき、片方がいわゆる”オネエ”をしたり、ゲイであることが主旨のシーン(ゲイ演じることを見せるシーン、あるいは過度にセクシャルなシーン)になりがちだなあと思っていた。そこにまず愛はなかっただろうし、演じることにも愛はなかったように思う。

そんなの、もう、まじで、終わりにしたい。

わたしの大切な仲間に、当たり前にそのオファー(※3)をすることに恐怖を感じたりしてほしくない。シーンの中で「ゲイだって普通にいるから」とか、絶対に叫ばせたくない。

ともあれ、わたしは「セクマイが普通に出てくるインプロショーやります」という告知は絶対に嫌だった(何人かに、そういう告知をした方がいいと善意のアドヴァイスをもらった)今までそういう物言いにどれだけ傷ついたかわからないし、それは「あなたたちの権利をわたしが認めてあげる」と言われているような不愉快さがある。少なくともわたしは、絶対に嫌だ!!!!

だから、わたしたちがするのは、ただ、愛の話だ。親子、友人、愛し合う人たち、どこにでもいる普通の恋人たち、たぶん隣の部屋にもいるかもしれない人たちの、人生のキラキラした瞬間やなんでもない瞬間をギュッと詰め込んだショーを作りたい。ラバーズのメンバーは、わたしが信頼出来て、一緒に愛のあるシーンを作れる人を集めたつもりだ。ちょっとインプロなのでどうなるのかわからないけど、6月2日は是非ご予定をあけておいてください。

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【※1 インプロ】
予め決められた脚本や設定のない状態で、舞台上にあるアイディアや観客からのアイディアを使ってシーンをつくっていく。即興演劇。
【※2 ザ・ベクデルテスト東京公演】
すごく簡単にまとめると女性が舞台でバイアスに負けずにキャラクターを作りやすいよう作られたインプロのフォーマット。詳しくは東京公演振り返りで( http://froggohome.com/2017/12/4785 )
【※3オファー】
インプロの最中にどんなシーン展開にしたいか、設定にしたいかなどの提案をすること。簡単にいうと「たかし君!」と呼ぶとたいていの場合相手はたかし君になるし、「たかし君!」と呼びながら首に手をまわしキスをすれば「たかし君と○○は恋人同士、、、?」などの設定になったりする。ならなかったりもする。

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2018年3月24日、若葉町ウォーフにて「ザ・ベクデルテスト横浜公演」を行いました。この公演は、21日から23日にかけて、出演者で行われたワークショップ(稽古)を経ての公演でした。松山、東京公演を経て、ザ・ベクデルテストのフォーマット自体をやりやすい形に少しずつ変化させていき、今回はお客様からキャラクターに関わるアイディアをもらうことをやめることにしました。
東京公演後の研究会(江戸川カエル主導)、蔵前で行われた公開ワークショップ(江戸川、下村主導)、横浜公演前のワークショップ(高尾隆主導)、本番昼夜公演で感じたことを書いていきます。時系列がごちゃごちゃになりますが、思い出した順番に書きます。

●演劇は、社会を写す鏡ではなく、鏡を壊すハンマーだ
わたしはずっと、心のどこかで、「実際はこんな時は・・・」と思っていた。だから、男性の上司に「女性を使って仕事をしろ」と罵られるシーンで黙って頷いた。本当は手元の灰皿でそいつをぶん殴ってやりたかった。そういうわたしを見て、どみんごが「演劇は、社会を写す鏡ではなく、鏡を壊すハンマーだ」と言った。確かに、小説だって演劇だって実在しないものが沢山出てきたり、激昂して人を殺しまくったりしているのに、ベクデルテストのこととなると、灰皿も身をひそめてしまっていた。
このワークショップをえて、この言葉をうけて自分の「こうありたい」「こういうものが見たい」を少しずつ信じられるようになった。

●死にたくない、だから死なない
日野さんは、無農薬食品会社の社長の役だった。昔病気をして、身体のことを気使うようになって会社をたちあげた、という設定だった。そんな彼女が医者から病気を宣告される。「こんなに体のことを気遣ってきたのに・・・」
彼女が病気になったとき、プレイヤーの殆どが「この人死ぬな」と思っていたし、みんなそういう流れを作り始めていた。しかし、日野さんは「大丈夫だったの!検査が間違っていたの!」と病気のくだりを全キャンセルしてしまった(インプロ的にはあまりやらないことなので、すごくびびった)
このときのことをアフタートークで話した。日野さんは「身体のことをこんなに気遣って食品会社まで立ち上げた、この人が病気で死んでしまうなんて嫌だったので死なない!!と思った」と語った。日野さんがいなければ、わたしたちは、超頑張ったバリキャリの女性を殺す選択をしていたのだ。その凶器がなんであれ。女性の悲劇を見たくないと、わたしはあんなに言っていたのに!

●”サボテン系女子”
松山公演、東京公演では観客にアイディアを貰いながらキャラクターを作っていった。例えば、職業や趣味、嬉しい瞬間など。貰ったアイディアをもとに作ったキャラクターにはある偏りが生じた。「友達が少なく、恋人がおらず、内向的、趣味はインドアで一人で家で行うもの(ボトルシップ作りやサボテン栽培など)」という偏りだった。運動部出身のキャラクターも、いわゆる”パーティー女子”も出来上がらなかった。それが、わたしたち演じ手の問題だったのか、観客のバイアスによるものなのかはわからない。おそらくどっちも、であったと思う。もしかしたら、モノローグ(※1)から連想されたことなので、誰かと楽しく会話をしている姿をすぐにイメージするのが難しかったのかもしれない。
東京公演後、クローズドで研究会を行った際、この「サボテン系女子」以外のキャラクターを引き出す質問を考える時間を設けた。例えば、高校生であることがモノローグで判明したキャラクターに「この人は何部ですか?」という質問をすると、何故か文芸部や手芸部があがるが、「この人はある運動部にいます、何部ですか?」ときけば、普通に運動部があがった。
また、「この人が会いたい人は誰ですか」という質問よりも、「この人に会いたがっている人がいます、誰ですか?」など、人と関わっている姿が連想される質問の方が内向的なだけのキャラになりにくいね、と思った。「この人が会いたい人は誰ですか」という質問自体が人と関わる前提の質問だとわたしたちは捉えていたが、過去のベクデルテストのリハーサルや本番を通して、有名人や死んだ人の名前があがりやすい傾向を感じていた。

●「女の一生」は悲劇か
横浜公演の事前ワークショップでは、モーパッサン「女の一生」をイメージした稽古が行われた。(もしくは「わが町」とのことだった)イメージとしてとてもわかりやすく強いものだったが、わたしはこの、言葉自体にとても違和感を覚えてしまった。モーパッサンの小説の原題には女性を意味する単語が使われていないのだが、日本語の「女の一生」という言葉の暴力的といえる力強さに引っ張られてしまった。
そして、小説のことを忘れたとしても(あるいは知らなかったとしても?)、なんとなく「女の一生」から想像するのは悲劇であったし、わたしたちが稽古の中で作っていたのはおよそ悲劇と分類されうるようなものだった。悲劇とまではいかなくとも、ネガティブな感情の高まりを見せるようなシーンが多かったように思う。
本番前に、急に悩んでしまったことがある。
わたしがいつも憤っているのは、わたしが、ショーの中で”女性”として消費されるということだった。これからやろうとしているショーが、”女性”としてのわたしたちを消費するものにならないために、どうしたらいいかと思った。わたしが見せたいのは女性の悲劇じゃなかった。わたしは、これから演じる誰かの一生を作りたかった。それが結果として悲劇になったとしても。

●傷つかずに見られるもの
横浜公演のアフタートークで「傷つかずに見ることが出来た」と言ってくれた観客がいた。
この言葉の意味が、わたしにはすぐに理解できた。わたしは、よく傷つく。それは、悲劇的なストーリーや場面によって出来た傷ではなくて、どういうキャラクターとして扱われているかということ、キャラクターがどう扱われいるかということに対してできた傷なのだ。例えば人種、セクシャリティ、職業、身体的な特徴(身長や体型)の扱われ方に傷つくのだ。(最近減ったような気がするが、ゲイはセックス大好きだというキャラとして扱われたり、映画冒頭でいわゆるモブ的な無駄死にをするのは白人ではないことなど)
4年ほど前に見た映画でとても傷ついたことがあった。女性のAV監督が撮影した映画で、セックスワーカーにフォーカスした映画ということで興味があり友人と見に行った。中では実際のセックスワーカー(とされている)何人かへのインタビューと、普通にドラマが進むパートが交互に映し出された。わたしが傷ついたのは、インタビューの編集の陰湿さと、ドラマパートでワーカーが必然性なく殺されて映画が終わったことに対してだった。意図的に、”ワーカーの抱える心の闇”を捏造しているように見えたし、それをファンタジーではなくインタビューで行っているところに、陰湿さを感じた。わたしは知らない、それがリアルだったのかどうか。だけど、100歩譲ってリアルだったとして、彼女らの実際のインタビューあとに、何故、殺したのかわからなかった。ドラマパートの中では、”彼女がセックスワーカーである”こと以外に殺される理由がなかったから。

横浜公演で、わたし自身(また恐らくほかの出演者も)観客を傷つけないという発想はなかったし、今後も傷つけないようにというつもりでやることはないだろう。それは、はかることの出来ないことだし、検閲がかかって苦しいから。
だけど、「傷つかずに見ることが出来た」というのは、わたしにとってとても勇気のでる感想だった。

※1 モノローグ
役者がひとりで舞台にたち、相手役なしで語る、ひとりがたり、独白
(後半へ続く)

過去の公演レポート
松山公演/東京公演

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2018年4月25日、蔵前4273にて「ザ・ベクデルテストのためのワークショップ」を行いました。

ワークショップでは、軽いウォーミングアップから始め、ベクデルテストの本編を実際に体験してもらいました。

―やったこと―
名前を言うゲーム
ポートキー(「といえば」「○○の時代に連れて行きます」)
ベクデルテスト本編
ステータス
侮辱ゲーム
アフタートーク

本編を進めるうえで、必要だったゲームをいくつか途中ではさみました。
今回のワークショップを得て、わたしが感じたことをあげていきます。
●”OL”の呪い
モノローグを終えた47歳の中川みきさんに職業と年齢を尋ねると、「47歳、旅行会社でOLをしています」と答えた。その後、参加者と一緒に、みきさんが働いている様子を想像してみた。中川さんは会社の中でどんな立ち位置で、どんな仕事をしているのだろうか。
嘱託、派遣の事務、企画部のボス、店舗のトップ。47歳で、仕事をしていれば、企画部のボスになっていてもおかしくない。だけどわたしは、このチョイスをごく意図的に行った。何故なら、なんとなく「旅行会社でOLをしています」という言葉から自然に、企画部のボスを連想することは難しかった。OLという言葉は死語になりつつある(し、そうであってほしい)オフィスレディという響きからは、なんとなく単純事務作業やお茶汲みをする姿が連想される。
横浜公演を経て、それが今までの普通であろうがなかろうが、ありたい世界を描くことを志向すると決めることが出来たので、今回は中川みきさんに素敵なボスをやってもらった。アフタートークでは参加者から「親の世話をしながら働く女性に対して、なんとなく低い地位を連想してしまったけれど、これが自分のバイアスだと思った」という言葉が出た。実は、その想像はわたしにとっても自然なものであった。今回のワークショップファシリテーションでは、”自然であること”と”あってほしい世界”であることを自分の中で区別して、徹底的に後者を選んでいきたいと思って臨んだ。

●「ヒール」をやるのも楽じゃない
今回は日常的にインプロをしている、男性インプロバイザーの参加者が多く、わたしには想像もつかなかった意見をもらった。
「女性がやり返してくれると思えば、安心してヒールをやることができる」
確かに、今までのインプロショーで、女性と男性のシーンで、男性がヒールに徹するシーンは少ない。何故なら、お客さんは、「女性インプロバイザーが言い返せないのに、いじめをしていると受け取るんじゃないか」とか、とにかくひたすら、見ている人も演じている人も嫌な気分になるシーンになってしまう恐怖があったからだ。
このことで、ふと思いついたことがあった。既存映画の中の、スーパーハイステータスな女性主人公は、ヒーロー以外の型がある。サンセット大通りや、ヘルタースケルターなど、しばしば半ば怪物として描かれている。時には男を食らい、殺す。フランケンシュタインや男性を怪物として捉えた映画では、怪物たちのステータスは決して高くないのに、なぜだろうと思っていた。その理由はここにあるのかもしれないと思った。ハイステータスな女性が男性を嬲るところはファンタジーとして消化できても、その逆は不愉快で見ていられないから(少なくとも簡単には女性の目に触れない場所でしか)作られていないのかもしれない。(あと、怪物的な女性が女性を貶める理由は今までいつだって男のことばかりだったなとも思う)(このことはもう少しゆっくり考える)

●女性に対するステータス
男性インプロバイザーからの振り返りで、「女性といるとき僕はステータスを下げることが出来るけれど、あげてなきゃいけないと思っていたり、下げられない人も多いかも」という衝撃の意見を貰った。

※わたしのためのおぼえがき
「ヒール」からの流れで、女性と男性のシーンで、女性が怪物化せずにステータスをあげるためには、現状バーフバリゲーム2が必要不可欠だと思った。
ステータスワークはもう少し丁寧に説明しよう
コンタクトインプロの後で背中がとても柔らかかったので、わたしの声がよく出ていてとても気持ちよかった

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これが朝7時のテンションか、というくらいのアップミュージックの中、わたしにとっては4軒目の小さな飲み屋にいた。「どうして元気ないの、陰気だわー」とマスターにピコピコハンマーで殴られる。ピコ、ピコと間の抜けた音がして泣きそうになる。優しい町。わたしとまじわらなかった人生の、わたしに傷つかない人たちの、喧噪。ピコ、ピコ。